浪人生 雑記ブログ ニート 日記ブログ

無思想な男の日記.

こっちは、ゲーム以外。つまり現実のことを書いてます。俗に言う雑記ブログですねー

頑張れ!なんて、うさんくさい応援はしない

今週のお題「応援」

まず、私は君を応援する気などないことを伝えておく。

エールをもらえると思って開いたか?残念だったな。


大体他人を応援する人間はなんかうさんくさい、どうせ他人事みたいな感じがにじみ出てしまってるのだ。さらにそういう人間は応援してる私は、良い人!みたいな感じの態度である。


ひとに応援されるとひどく不快な気分になるのは私だけだろうか?


俺は何かに挑戦するときも、大東大の入試を受けたときも、誰にも伝えずに一人でやってきた。


そして全て成功させてきた。


そんな俺からすれば、応援をしてもらってやる気が出るなんてありえない話だ。

だから逆に応援をしないでやろうという訳だ、これが俺なりの応援だ。



私の周りのはてなブログの状況


昔、私の読者になってくれた人のブログを久しぶりに読んでみたら更新が止まっていた。


proでやってる人はずっと続けてる人が多いね。逆に..proじゃない人は、ほぼ辞めてるね


ブログって今勢いないんだろうな、youtubeTwitterが最盛期だからさ。

というか..ブログが勢い付くことってもう今後ないだろう。


それでも残っていてほしいと思う。

かつて何かを書いて、それでもコメントが一切つかず読者も増えずに..消えていったブロガーの、、

敗北の物語


哀愁があっていいよね、更新が止まってるブログってのはさ。


そういえば、昔、僕も200記事くらい書いてたなぁ。その頃の総アクセスが600だったからひと記事あたり3アクセスだったね。


うん、このブログもいずれ敗北の物語になりそうなんだけど...


というか書きたいことも特にないんだよなぁ...むしろ書きたいことは日記に隠し(書くし)、このブログの存在意義がよくわからないんだよなぁ。


なんか中継地点みたいな感じで、現実が落ち着いたら時々戻ってきてなんか書いて、また現実に向かってみたいな感じだ。


しかしこのブログ、コメントオフにしてるんだったなぁ、コメント来ないならいっそコメントなしにしてやろうみたいな考えだったっけなぁ。まぁ、どっちにしてもコメントは来ないわけだしな。


なんというかここ最近、オナニーとガブリールドロップアウトのssばかり見ているな。


人生は思うほど悪いものではないと思うけど思うほど良いものではないよね。平凡な毎日


未来を想像してる時は楽しんだけどね、実際訪れると気後れするというか、こう..思ってたのと違うみたいなね。


私は色々なことを夢想きたけれど、結局、私は現実を見ていなかっただけだったんだよな


youtuberに成ろうと思ってフリーターやってた自分...


なんとも言えない、うわぁぁ!みたいな恥ずかしさがあるよね。

そういう時ってね。



戯言

私かつて東進予備校に毎日通っていたが、その頃の風景を今でも思い出す。


確か近くに声優の専門学校があって、そこを通るたびに、あーあ、バカなやつらが夢に向かって突き進んでいるなぁなんて風に嘲っていた。


その専門学校の事は、よく調べていた。確か無認可の学校らしい(要するに卒業しても高卒になれない学校の事)、それで学費は1年100万円くらいらしい。


ほんとバカだよなぁ、声優なんて大抵の人間がつまずく道だってのにさ。それでも夢と希望とやらを持ってその道に突き進んじゃうんだもんなぁ。

ここに来る生徒もアホだが、この学校もかなり強引な勧誘をしているらしい。

一度電話をすると、粘着されて、『いっしょに夢を叶えましょう!、見学だけでも!』と言って電話を何度もかけてくるらしい。


俺は、予備校までの道のりに必ずその声優専門学校を通っていた。その度に、心底からの軽蔑を抱いていた。

金のことしか考えてないクソみたいな詐欺師どもの運営する学校だな、とか、そこの前を通る生徒に対しては、将来のこと一切考えず自分のやりたい事をやるのが一番尊いとか考えてる馬鹿な生徒だなと内心、ボロクソに言っていた。


こうして他者を批判して自分を安心させていたんだよな。あいつは馬鹿だ、でも俺は正しい。他者の批判の後には、自己の肯定が続く


浪人の時期の話でした。




グロサイトのコメ欄に書いてあった長文が割と的を射てる。

f:id:zanki2019:20200117015708p:plainf:id:zanki2019:20200117015640p:plainカルログローチェというグロサイトがある。

おそらく私が最も人に勧めないサイトだろう


そのサイトでは、人が生きたまま殺される動画やら、チンポコを、切り落とされる動画やらがある。


私は気分を落ち着けるために時々、このサイトを見て人が死ぬところを直視している。


そんな時、私以外にも、見てる人いるのかなー?って思ってコメントを見てみると、人が死ぬの最高みたいな偽悪者とか、それに対して、不謹慎ですよとかいう偽善者。訳のわからない長文の連投。


マジで頭のおかしい人が書いてるんじゃねーかなってコメント。


そのコメント欄の中でひときわ異彩を放っていたのは名無し子というコテハンだった。

長い長文だがスラスラ読めた。




『善悪は勝手なる価値判断に過ぎぬのだ。』


最高に核心をついた考え方であると思った。


この人、宗教の教祖とか向いてそうなきがするんよなぁ。


以上



オナニーの後処理

ふむ。今日はオナニーの後処理について語るとするか。


ちなみに男のオナニーについてしか私は語ることはできない。 私が男だからだ。


➀、射精時に精子があらぬ方向に飛んでいないか注意をする。(壁や床など)


⓶、私の場合で言えば、腹にかかった精子をトイレットペーパーにて入念に拭き取る。

チン毛などに染み付いてしまったものは、ちぎったトイレットペーパーを押し付けて水分をなくす。


⓷トイレを大の方で流す(この時、小の方で流すとトイレットペーパーが流れない可能性があるために)


④射精時に確認した、精子を拭き取る。壁や床をくまなくダブルチェックし拭き取る。この時散らかっているチン毛も一緒にトイレに投げ込む。


⑤トイレの水を大で流し、1分ほど待機、便所の中に精子がこびりついてないかを確かめる。


賢者タイムに入り死にたくなる。


以上。

オナニーの後の思想

オナニーを終えた男。


善悪について考えてみたい。

善とは何か悪とは何か?と考える人間は結局のところ何がほしいのだろうか?自分が善であるという証明?


要するに善は私で、それに敵対するのは悪だと言いたいのか?


思うに、個人にとっての善悪は存在する、しかし普遍的な善悪は存在しない。

そして多くの個人の善悪によってこの世の善悪は作られてるかのようにも思える。


しかし、その善悪の基準も、元をたどれば、個人のものに過ぎない。


善悪は、個人のレベルにおいて存在し得るが絶対の善悪は存在し得ない。


そもそも善悪を決める絶対者もいないらしい

善も悪も、都合にすぎないし、そもそも、たかだか、1文字程度の言葉に過ぎないといえばそれもまたその通りである。



最近このブログ更新していなかったが、このブログに読者はいるのだろうか?

いないとすれば私は、インターネット上の空虚な空間に一人、文書を瞑り続けているのだろうか?


それもまたいいのだが、

殺したいほど憎い奴がいるが、しかし結局これは負け犬の遠吠えで、俺はそいつを殺すことは、おろか、指一本触れることはできないのだろう

中学の時にいじめを受けていた。


いじめってなんだ抽象的すぎるな、具体的には、容姿のことを散々罵倒されたり、キモいキモいと毎日のように言われたりってところ

暴力的なことはされてない。しかし俺の中で一番のトラウマは、私が罵倒を受けた時、何も言い返せなかったどうしようもなく、気の弱い私自身のことであった。


先日、私を罵倒していたクズ野郎と思わしき人物と再会した。再会したら罵倒してやろうといつも思っていたが、私は、恐怖で、心臓が高鳴り、呼吸は荒くなり、その場を避けてきてしまった。


結局、私は、やり返せなかった。


負け犬、負け犬だよ。

なんというか、こういじめる人間と虐められる人間ってのは、最初から分かれてるんじゃねーかって思う。


あぁクソ面倒だ。俺自身の弱さにもクズ野郎にもイライラする。


ため息も3秒近く出続けていた。


心にモヤモヤは溜まっていくらしい。


ああクソが、クソ野郎、死んでしまえばいいのに、もっとこう具体的には、交通事故で、病で、ガンにかかって、通り魔に刺されて、死んでしまってほしい。俺の眼の前に二度と現れないでほしい。